「残業」。
皆さんは、この言葉にどんなイメージを持っていますか?
残業は、しなくていいのなら、したくない。できるだけ早く帰りたい。
そう思っている人が多いはずなのに、残業時間に対する是正・改革は、決して猛スピードで進んでいるとは言い難い現状です。
今回は、「残業学~明日からどう働くか、どう働いてもらうのか?~」を出版された中原淳さん(パーソル総合教育研究所との共著)をお招きし、「残業が蔓延してしまうメカニズム」から「今すぐに改革を起こすために必要なマインド・具体的施策」について、お話を伺いました。
ファシリテーターとして、働き方改革実現会議有識者議員をつとめ、年間100本の働き方改革の講演をする白河桃子さんをゲストにお呼びしています。
【著者紹介】
中原淳さん(なかはら・じゅん) @nakaharajun
立教大学の経営学部教授を務める。
これまでに『働く大人のための学びの教科書』『はじめてのリーダーのための実践!フィードバック』等、働き方を見直す視点から多数の著書を発表。
このたび、著書『残業学~明日からどう働くか、どう働いてもらうのか?~』を出版。
【ファシリテーター紹介】
白河桃子さん(しらかわ・とうこ) @shirakawatouko
相模女子大学の客員教授を務める。
働き方改革を中心に活躍するジャーナリスト。最新刊『御社の働き方改革、ここが間違ってます!』が好評発売中。
残業時間の是正によって、聞こえてくる現場の叫び
この『残業学』は、「根強い長時間労働の問題に切り込んでいきたい」という思いで書いた本です。パーソル総合研究所とともに行った2万人の大規模調査(質問紙調査)をもとに明らかにした、「長時間労働の是正」「残業時間について」の研究となります。
なぜ、この研究をしようと思ったのか?
一般的な働き方改革の議論について、多くが「長時間労働を何時間させますか?」という時間の問題になってしまっているんです。
単純に時間だけにフォーカスをしてしまうと、「時間を減らせばよい」ということになり、形式的にそこだけが実行されます。でも、仕事は減っていません。そうなると、「サービス残業をするしかない」……そんな問題が発生します。現場の叫びが聞こえてくるようです。
この負の連鎖をなんとか断ち切らないといけません。そのためには、ひとつ絶対に考えなくてはならないことがあるのです。それは「残業のメカニズム」を知ることです。
「残業のメカニズムとは?」
残業のメカニズムとは、「残業問題について考えるべき重要な2つのポイント」です。
1つめは、「原因」。
2つめは、「残業時間を減らすメリット・デメリット」。
この2つがわかっていないと、残業問題は根本的に解決することができません。残業時間が長くなってしまう根本原因と、残業時間をなくす(または短くする)ことで生まれるメリット・デメリットについて、2万人に調査をしました。
ここからはいくつかわかったことをお知らせいたします。
①残業は集中する
残業は、優秀な部下ないしは上司に集中して起こります。
残業を重ねる人の業務遂行能力は徐々に上がっていく傍らで、残業しない人はスキルが上がっていかない。
よって、メンバー間の能力格差がどんどん広がっていくことになります。
②残業は感染する
残業は、職場の同調圧力によって生まれます。
「帰りたくても帰れない」
「周りの人がまだ働いているのに、自分だけさっさと帰るのは憚られる」
そんな雰囲気そのものが、残業を助長してしまいます。帰りにくい雰囲気によって、どんどん残業時間が延びていくんですね。
この、帰りにくさの裏にある心理状態は、学問的には「多元的無知」と呼ばれます。多元的無知とは「誰もが本心では違うと思っているのに、他の人はそう思っていないだろうから、そこに従ってしまおう」と思ってしまい、「誰一人望んでいないこと」をみなで実行してしまうことです。
早く帰ったらダメだ、でも本心では早く帰りたいと全員が思っている状態を指すこの現象は、誰か1人が勇気を持って「早く帰りましょう」と言えば解決する問題です。
③残業は遺伝する
上司の働き方は、世代を超えて部下に遺伝します。
上司が新人時代に残業時間の多い働き方をしていた場合、その部下も残業時間が長い働き方になる傾向があるんです。「これが正しい働き方だ」と暗に伝えてしまい、いわゆる「残業体質」が世代と組織をまたいで受け継がれてしまう連鎖を作り出してしまいます。
④残業は麻痺する
残業という問題は、個人の生産性が悪いから起こるのではありません。
実際は、職場や上司の仕事の振り方によって左右されるものです。
その行き着く先は、「残業麻痺」という状態。
残業時間が60時間を超えると、「主観的幸福感」や「会社への満足度」が微増する傾向ーー一般的にランナーズハイ=残業ーズハイと呼ばれる状況に陥ります。
仕事に長時間没入することによって、ある種の自信や有能感が生まれるんですね。それが幸福感に繋がっていくという仕組みです。こうした心理状態を「フロー(没我)」といったりします。しかし、一方で気をつけなければならないのは、健康リスク屋メンタルダウンのリスクは、確実に増していることです。没我のなかでリスクを抱えることが、残業麻痺の実態です。
もちろん、短期間であれば、フロー状態のなかで仕事をすることは、決して悪いこととは言えない側面もあります。
ただ、高齢者の定義が75歳以上に定められている現在、健康寿命を延ばして働き続けなければならないことを考えると、健康リスクが高い働き方を長いあいだ続けていくのは現実的ではないですね。わたしたちは、今や、未曾有の「長期間労働時代(仕事人生が長くなる時代)」を生きているのです。
「長時間労働」が「長期間労働」を阻害するという状態が生まれてしまいます。人生100年時代ということを考えても、この問題は早急になんとかしなければいけません。
反抗勢力は、半径5メートルの中に?
白河さん:今は働き方改革格差の時代。その会社によって、働きやすくなっている会社もあれば、まだまだそうではない会社もあります。会社間格差が広がっていると感じるのですが、どう思われますか?
中原さん:会社間格差は確実に広がっていると思います。ですので、学生にいつも言っているのは、「長期間働ける会社を選びなさい」ということですね。
今の時代は、空前絶後の売り手市場。会社側が働き手を選ぶ時代ではなく、こちらから働く会社を選べる時代になっています。
実際、長く働ける会社を選びたいと思っている学生は増えてきているという実感がありますね。
白河さん:私と中原先生がこの問題を話すと「そんな会社辞めちゃえば?」となるのですが、ここにいる皆さん、何とかして上司の考え方を変えたい、会社の制度を変えたいと奮闘しています。
にも関わらず、「個人の残業への意識」はかわっても、「仕事のやり方を全体で共有する」「上司も含めて、チーム全体を支えられるような設計をする」というような、組織的に働き方改革を支えていこうとするような動きがあまりないように見えます。
具体的に何をしていけばいいのか、そして、何ができるのでしょうか?
中原さん:まずは「多元的無知」を打破することですね。
早く帰りたいけど、早く帰るのはまずい……と全員が思っている、でも本心は早く帰りたいんだと思っている状況から、いかに抜け出すかということ。
そのうえで、「時間は有限である」という意識を、まずは皆がもたないことには、なかなか議論が前に進みません。
会社は、何度も何度も様々なメディアを通して伝えていく、「オルゴール型の告知」を徹底して継続していくことが必要です。それがなければ、どんな施策も功を奏しません。
こういった施策は、継続1ヶ月ほどで「死の谷」という状態がやってくるんですよ。
1ヶ月もたつと、まずは身近な同僚、そして徐々に上司が、「逆に仕事が増えてしまっている」という理由で従わなくなる。せっかくの取り組みがどんどん形骸化してきてしまうんですね。
最初は多少の痛みが伴うかもしれませんが、ある程度、強制的に境界線を意識させることが必要になってくると思います。
希望のマネジメントを目指そう
白河さん:働き方改革で仕事の時間が「有限であると初めて意識した」人も多い。こういった施策を丁寧に進めていくこと、または全員でコミットメントをしていくこと。そのために重要なのは、「上司」ですよね。ところがこの上司がハードルになっていたりする。
現場の上司は、誰が説得すればいいでしょうか?
中原さん:現場の上司に対するマネジメント研修など、学びの機会を提供していくしかないでしょう。それは経営陣がコミットして会社が行わなければならないことです。
白河さん:「残業が少なくてパフォーマンスが高い」、いわゆる希望のマネジメントを生み出せる人は、どれぐらいいると思いますか?
中原さん:多くはないと思います。が、確実にいます。希望のマネジメントの実践者は、部下の人数はそうでないマネージャーと変わらないにも関わらず、「会社の満足度」「メンバーの成長実感」「離職率」などが全く違ってきます。
この希望のマネジメント、何をやっているかと言えば……全く特別なことはやっていないんですよね。あたりまえに「マネジメント」をやっているだけなのです。
希望のマネジメントの要諦は、
・上司が現場を把握し、迅速な判断ができるかどうか
・上司が、組織内で起こっていることを把握できているかどうか
・上司が、職場でメンバーがオープンにディスカッションできる体制をきちんと整えているかどうか
ひとは残業問題の解決を議論するときに、特別な手法をすぐに思い浮かべがちです。
「残業を減らすための特別の方法があるに違いない」と考えます。
しかし、残業問題を解決する「魔法の杖」は存在しません。
アタリマエのことを、アタリマエにやるだけです。地道に実践を積み重ねること、以上です。残業時間を是正するために特別なことをする必要は一切ありません。
皆さんがやっておられる、マネジメントを行えばいいのです。端的に言えば、「マネジメント能力をあげましょう」ということですね。
時間の境界が薄れる元凶とは
白河さん:しかし日本の上司はプレイングマネージャが多く忙しい。評価も「部下の育成」や「組織の育成」ではなく売上げの数字だけだったりする。会社は上司をどのように助ければ良いでしょうか?
中原さん:やるべきことは相当多いと思います。会社はマネジャーの処遇を改善しつつ、その仕事を魅力化することです。そのうえで、さらに教育投資を行わなくてはなりません。
日本の人材育成研修は、新人研修にものすごく偏っています。
入社2~3年目の社員は放置で、その後、管理職になる手前でまた何度か研修があるだけ。そんな状態ではいつまで経ってもマネジメントができるようにはなりません。
もっともっと早くからチームアップができるような研修など、育成に投資をしなければいけないなと感じます。
白河さん:部下を育成できる力を早めに身につけないといけない、ということですね。
チームマネジメントについての研修は、是非早め早めに進めていってほしいなと、私も思います。
ただ、その時間がとれない上司に、残業が集中しているという現状もありますが。
中原さん:マネジメントが出来ないから、時間がとれないんですよね。
白河さん:分かります。部下を育成できない。自分も残業が多くなる……鶏と卵の関係と同じ。
まずは、部下がどのような仕事をしているかを調べる、「見える化する」ということですね。
中原さん:今回、調査を進めていく上で興味深かったのは、「うちの会社ってどこから残業なんですか?」と聞かれたことです。
終業時間という考え方、概念そのものがない人もいるんですよね。
入社当初に、終業時間になっても誰も帰らない様子を見てしまう。全員が帰るのが20~21時頃だとみてとると、それが普通なんだという概念が刷り込まれてしまうわけです。
時間という概念がなくなってしまう元凶。
まずはここから始めないと、すべての議論はうまくいきません。
働き方改革=暮らし方改革
白河さん:ワークライフバランスの観点から言うと、お金の問題も根強い抵抗なのかな、と思います。
残業時間が減ったはいいが、いざ給料明細を見て、数字が減っていたら悲しいですものね。
中原さん:残業時間を増やす要因として、いかに「残業代に依存する生活をしているか」が問題になってきます。
残業代が1度支給されてしまうと、それが本給だと勘違いしてしまう。
給料が減るのは嫌だから、残業しなければ仕方がないと思ってしまうんですね。
ひとは、いったん自分の手にいれたものを手放したくないと思ってしまう性質ー損失回避の性質を持っているものです。
だから、「評価と報酬体系」を変えていかない限りは、いつまでも働き方改革には繋がらない。
本来の就業時間内で成果を出しているのであれば、「ボーナスで補填をする」「本給を上げる」など、給与制度を変えていかないと本質的な改革にはなりません。
働き方改革とは、「報酬改革」でもあるのです。
白河さん:よく言ってくださった! 評価と報酬の改革をしないと本当に働き方改革にはならない。最近は削減した残業代はボーナスなど現金で還元する会社も増えています。そして、働き方改革は、暮らし方改革でもありますね。
意識だけイクメンになっても、会社が離してくれなかったら帰れない訳ですから。家庭も変わらなくてはなりません。
サードプレイスを持っているか?
白河さん:「自分が職場にいなければならない」と勘違いをしている、いわゆる昭和的な思考を持っている人ほど、残業を助長してしまう原因になるのではないか、と思うのですが。
中原さん:まずは、現在の企業を取り巻く環境を正しく理解することですね。
そのままの思考でいると、ますます今の環境とは合わない自分になっていきます。
今日から働き方を変えるという勇気を持つことが大切です。
白河さん:残業をせず、早く自宅に帰ることで得られる楽しみを見つけないといけないですよね。
帰ったらやりたいことがある、楽しいことが待っている、友人と会う約束がある……。そういった、「何かやりたいことがある人」が改革者になれるんだなと強く思います。
中原さん:スターバックスの理念で、「サードプレイス(職場でもなく家庭でもない、第3の場所)」という有名なものがありますね。日本は、この「サードプレイス」を持っている人が世界で一番少ない国といわれているんです。
職場でもなく、家庭でもない社会的縁が少ないことを「社会的孤立」といいます。
日本には、社会的孤立に陥っている人が多い、ということですね。
会社でも家庭でもない、もう一つの縁を形づくることが大切。人生という長い尺度で見たときに、より幸福度が増すのではないかと思います。
「女性の社会進出」の本当の意味
白河さん:最後にダイバーシティについてお聞きしますね。
先生はブログで、「均質な職場」を研究していたかっての自分への反省もこめて、最近は、「多様性との格闘」に取り組んでいると書いていらした。ダイバーシティといえば、日本における最大のマイノリティーはまだまだ「女性」です。
女性×働くについて、女性にだけ頑張れとか、女性の意識が低いなど、女性の問題としがちですが、これは環境の改革が進んでこなかった、という背景があります。
働き方改革が浸透し、長時間労働が解消されると、より男女がフェアな状態に近づくと思うのですが、女性が本当の意味で活躍するには、男性の働き方を抜本から見直す必要があるという意味です。
そうまでして、本気で女性を活躍させたい企業が、果たして日本にあるのでしょうか?
中原さん:あって欲しいと思います。
究極的には、誰もが労働参画できる社会を作っていくのが、社会にとっても個人にとっても企業にとっても良いことだと思っています。
およそ人口の半分の人材が生かされていないという現状は、生産性にも直結する問題です。
白河さん:いくら生産性アップといっても日本は片翼で羽ばたこうとしている感じがします。働き方改革は女性活躍の一丁目一番地ですね。
テレワークやカッコいいオフィスなど新しいことをやる前に、是非、皆さんも『残業学』を読んで、長時間労働DNAをアンインストールしてください。
中原先生、本日は貴重なお時間をありがとうございました!
「働き方改革」。
「女性の社会進出」。
この言葉が、ある意味で死語になる日がくるのでしょうか。
限られた時間で最高のパフォーマンスを発揮する、そして、仕事とプライベートの垣根を越えた「ワークライフバランス」が本当の意味で整うその瞬間にーー自分らしく生きる道が開かれるのではないかと思いました。
中原さん、白河さん、ありがとうございました!
Text by 北村有(@yuu_uu_)
Photo by 矢野拓実(https://takumiyano.com)
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