8歳のとき、偶然送った1枚のハガキから子役として芸能界デビューをし、NHK朝の連続テレビ小説『ちゅらさん』を始めとする数々の作品に出演。

そんな、俳優として順風満帆なキャリアを築いてきた小橋賢児さんは26歳のとき、「自分を失っている気がする」と感じ、芸能活動を休止する決意をしました。

付き合う人を変え、世界を旅し、様々な体験を積み重ねるなかで、自分が本当にやりたいことに目覚めた小橋さん。その結果、生まれたのが『ULTRA JAPAN』や『STAR ISLAND』といった国内屈指の人気イベントです。

情報が溢れ、周囲に合わせてつい迎合してしまいがちな私たちは、本当の自分をどうやって見つけていけばいいのか。小橋さんの今までの人生を振り返りながら、そのヒントを語っていただきました。

〈文=ゆぴ(17)〉


【小橋賢児(こはし・けんじ)】LeaR株式会社代表取締役。クリエイティブディレクター。1988年に俳優としてデビューし、NHK朝の連続テレビ小説『ちゅらさん』など、数多くの人気ドラマに出演した後、2007年に芸能活動を休止。世界中を旅しながらアメリカ横断中に出会った『ULTRA MUSIC FESTIVAL』にインスパイアされ、帰国後より映画やイベント製作を始める。『ULTRA JAPAN』のクリエイティブ・ディレクターや「STAR ISLAND」の総合プロデューサーを歴任。東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会主催の『東京2020 NIPPONフェスティバル』のクリエイティブディレクターにも就任する他、キッズパーク『PuChu! 』をプロデュースするなど、世界規模のイベントや都市開発などの企画運営にも携わる。

みんな、他者の視点でアイデンティティを作っている

日本人にとって「アイデンティティ」というのは難しいもので、つい周囲のことを気にしてしまったり、同調圧力によって言いたいことが言えなかったり、「本当の自分」を隠して自分の好きなものをまわりに合わせてしまいがちです。

そのなかで「目標を持て」と言われたとき、まわりに指標があるがゆえに、まわりに合わせた目標を立ててしまう。でも、そうすると、誰かが作った過去の指標を目標にするから、どうしてもその人との差で苦しむことになるんです。

僕も、かつては「俳優」だからこうしなきゃいけない、と他者の視点でアイデンティティを作ってしまっていました。

でも、30歳のときにお金もなくなり、ゼロスタートになったとき、まわりに合わせた大きな目標なんて現実的じゃなかったから、目の前にある小さな目標をひとつひとつ紡いでいきました。すると、最終的にぜんぶ繋がって、いろんなアイデンティティを渡り歩いた、そのストーリー自体が僕なんだ、ということに気付いたんです。

人間はそもそも変化する生き物なんですよ。

小学生は中学生になるし、男から女になる人もいる。それなのに、大人になると「1つに決めなさい」、「あれもこれも同時にやるんじゃない」、と言われて本当にやりたいことじゃないのにやっている人ばかりです。

でも、そうやってまわりに合わせて自分を殺していた僕も、俳優から映画監督になり、気づくと10万人のフェスのディレクターになっていました。

たまたま送ったハガキで俳優デビュー。直感で動いていた幼少期

僕は8歳のときに俳優になったんですけど、実は俳優になりたかったわけではありませんでした。当時好きだった番組で「新レギュラー募集」というのがあって、「観覧希望かな?」と勘違いしてハガキを送ったことがきっかけでした。

そこで、「好きな番組に出られるなんていいじゃん!」という子どもの好奇心とワクワクからキャリアが始まりました。直感で動いていたんです。 

14歳のときも、新聞配達のバイトをしていたんですけど、当時ファミコンが流行っていて、「なんで自分は買ってもらえないんだ!」と悶々としていたらパッと思い出したのが、昔、漫画で小学生が小学生新聞をやってるというシーンでした。

それで、「そっか、自分で稼げばいいのか!」とタウンページを見ていろんなところに電話をかけまくりました。

みんなもそうだと思うけれど、子どものころは、直感で動いていたんです。

「自分」を見失った20歳半ば。自分を変えたネパールでの出会い

そして、15歳のとき、テレビ業界がすごく盛り上がって、自分も多くの有名ドラマに出演するようになりました。でも、その途端、急に今までいられた環境にいられなくなったんです。今までは直感で、いいも悪いも失敗しながら学んで生きてきたのに、テレビの世界にどっぷり浸かるようになってから、「ああいう場所に行っちゃダメ」「こういう人とつるんじゃダメ」なんて判断するようになりました。

情報から逆算して、未来を想像して、「今」をブロックしていくようになったんです。

でも、自分にブレーキをかけると、自分の感覚がオフになってしまう。それが辛いし、その辛さに合うのもまた辛いから、それもオフにしてしまう。すると、次第に感情が死んでいきました。そこにいるんだけど、心ここに在らず、という感じで、「自分の人生を誰かに演じてもらうとしたら、俺みたいなやつに演じてもらいたくないな」とまで思うようになっていました。

いくら「すごい」と他人に言われても、「本当の自分で生きていないのに何がすごいの?」って。

当時は26歳だったんですけど、何となく今をキープすれば、それなりのポジションにいられる、という想像がつきました。でも、今自分は「嘘」を吐いている、という自覚もあった。それで、「それなりのポジションについたところで、本当にそれって俺なんだろうか?」と思ったら怖くなったんです。

そこから、徐々に環境を変えていきました。いつも飲む仲間たちの誘いを断って、クリエイターの人たちに会うようになりました。すると、その人たちは仕事だけじゃなくて、自然のなかでキャンプして、星を見ながら想像して、それが作品になったりとか、「インスピレーションを得てそれを形に起こしていく」という本来人間のあるべき姿で生きていたんです。

それで、もっと世界は広いし、やれることあるんじゃないか、とネパールに旅に出ました。

ネパールでは、1週間山に登ったりしていたんですけど、山から降りたとき、同い年の人に声をかけらました。その人は四畳半くらいの家に娘と奥さんと住んでいて、「子どもを学校に行かせるお金がないんだ」と僕に話してくれました。

今までテレビでそういった途上国の人を見たことはあるけど、まさか目の前でそれが起きるなんて思ってもみませんでした。その後、青春映画みたいにその人とバイクに跨って、後ろから彼の背中を見上げたときに、彼の背中がとてつもなく大きく見えて、嗚咽するくらい号泣しました。

この人は、家族を守るために今を必死に生きてる。一方で、僕は未来を守るために今をすり減らしている。

その劣等感が悔しくて、自分の人間力のなさに絶望しました。それから旅をするなかで、自分のダサさや、逃げようとする気持ちに向き合って、「感情のリハビリ」をしながらいっぱい号泣しました。

その後、アメリカの横断中に『ULTRA MUSIC FES』に出会いました。今まで味わったことのない熱気に感動し、自分のなかのやりたいこと、「want to」が目覚めていく感じがしたんです。

夢を抱いて日本に帰国するも、現実とのギャップに苦しむ日々

旅を終えて日本に戻ると、友だちやまわりの人を見たら「止まっている」ような気がしました。一方で、自分は何でもできるような気になっていたけど、現実は、ずっと俳優しかやったことがないから何をしたらいいのかわからなくて、いろいろやってみたけどなかなか仕事になりませんでした。

「自分の思い」と「現実」にギャップがあったんです。

当時は仕事もなく、貯金も底をつき、何より「暇」ということが苦しかった。しかも、自分は「俳優」をやっていたというプライドがあるから、人に弱音が吐けませんでした。そうやってどんどん先細りになっていって、気付いたら人に当たり、知人や彼女など、毎日何かを失っていく、負のスパイラルに陥っていました。

過去を後悔し、未来を悲観し、目の前で起きてることをないがしろにしていく日々のなか、最終的にはトイレとごはんのときにしか起きないような自分を作り出してしまいました。

でも、30歳まで残り数ヶ月となったとき、不調を感じて病院に行ったら、肝機能障害ということがわかって目が覚めました。

20代のころ、先輩に「お前は若くていいなぁ、俺もお前くらいのときはワクワクして夢を持っていた」なんて言われて、「こんなオヤジにはなりたくない!」なんて思っていたけれど、気付いたらそんな親父になりえる自分がいたんです。

そう思ったときに、自分の未来が2つ浮かびました。

1つは、自分の病気を言い訳に中年になっていく未来。

もう1つは、「病気になったならゼロからやり直せばいいじゃん」という未来。

なぜか、後者が選べました。株で言えば、上がり続ける株も、落ち続ける株もないじゃないですか。それを思ったとき、もう落ちるところまで落ちていたから、「もういいや!」と開き直れたんです。

誕生日イベントのプロデュース。『ULTRA』との再会

それからは、知人のサポートを借りながら、サーフィンやライフセービングなどに挑戦し、トレーニングを重ねて徐々に立ち上がっていきました。

そして、30歳のとき、「もてなされるよりもてなそう」と自分の誕生日イベントを企画しました。でも、いざ知人に会場を頼んでみたら、高価なホテルのプールで(笑)。これは本気でやらないとお金を払えないぞ、と必死で考えて問屋街に行き、クリエイティブや招待状を作りました。

その誕生日イベントがきっかけになりイベントプロデュースをやるようになりました。当時仕事はなかったけど、目の前にいる仲間と楽しんで作っていったら、徐々に企業から声がかかり、仕事になって行きました。

そこで、いろんなイベントをやっていくなかで、『ULTRA KOREA』に携わることになりました。僕の友だちと、『ULTRA』のアジアのボスが親友だったんです。まさか、27歳のときにアメリカで出会った『ULTRA』にいきなり関わることになるなんて!

そしてイベント終了後、僕は会場で10万人が感極まって泣いている姿を見ました。

日本の若者は、昔のディスコの映像や海外のイベントの様子をYouTubeで観ながらも、「過去にできても今はできない」「海外でできても日本ではできない」と感じていると思います。

でも、この「どうせできない」と思い込んでいる人の目の前で、それが実現できたら、自分の人生やストーリーに希望を見出せるんじゃないか、と思ったんです。

僕がかつてそうだったように、自分自身の可能性がわからなくてくすぶっている人を変えたい、と思いました。

ぬるま湯は居心地がいいけどワクワクや気付きが減っていく

そして、3年間『ULTRA』をやるなかで、次第にまた俳優のときのように「すごい」と言われるようになってきました。人間って慣れの生き物なので、居心地の良いコミュニティからは抜けたくなくなってしまうんですよね。でも、その環境のなかにいると、自分自身のワクワクや気付きは減っていくんです。

自分が盲目的になり、ぬるま湯に浸かっていると、心が死ぬ可能性がある。

そんなとき、「マーク・ザッカーバーグが悩んでいるときにスティーブ・ジョブスにインドに行けと言われ、インドで人が繋がってるのを見てFaceBookのミッションを確信した」という話を思い出し、直感でインドに行ってみました。

僕は「中道」という「両極端をするから本当の真理を知る」ことが好きなんですけど、要するに今、自分のまわりにあるのは自分の趣味嗜好の世界で、そこで言われている言葉や情報が自分の言葉を作り上げているから、「極」を知らないと本当のことはわからない。

それでいくと、自分にとって「インド」というのは両極の「極」でした。インド人というのは道を知らないのに教えてくれるんですよ。指示に従って行ってみても辿り着けなくて、戻って話すと、今度は全然違う方向を教えてくれる。

なぜかというと、インド人は教えることが親切だと思っているからなんです。そんな、自分にとって常識外のことがあるけど、彼らは悪くない。じゃあ、なんで自分が腹がたつかというと自分の常識に当てはめているからなんです。

日常でイライラするのは、常識とは違うことが起きているからなんです。

だから、「実験だな」と思って、嫌なことが起きても、いいことかもと切り替えてみたら、いいことが起きるようになってきました。自分にとって非条理なことやトラブルや小さなきっかけをそのまま反発するんじゃなくて、いい気付きになるかもしれないんです。

物事に、自分で意味づけをしていく

「何かがしたい」、「ここに行きたい」、そんな小さなきっかけから点が線へ、そして面になり自分のストーリーが紡がれていく。

それは、自分が今いる環境からちょっと外れた時に起きます。

新しいコミュニティや、時にはリストラや失恋みたいに不都合なことかもしれないけど、それで変わることがある。

僕も、アメリカを横断したことがきっかけでフェスに出会い、フェスを巡るなかでイベントのノウハウができ、誕生日をオーガナイズしたことで仕事になり、気付いたら自分がフェスをやるようになりました。

でも、この未来は逆算して狙ったことじゃない。自分が特別なことじゃなく、環境を変えて、目の前のことに向き合っただけなんです。

ワクワクを見つけるとか、どうやったら直感的になれるんだ、と聞かれるけど、それは枠からちょっと外れないと生まれてきません。でもそれは、何も海外やフェスじゃなくてもいい。

苦手な人と対話する、いつもはやらないことをやってみる、そうやって知らなかったことを知ると、気付きが生まれます。 

あとは日々起きている小さなトラブルと向き合うこと。上司に怒られてクソーと思うことでも、それが起きたらむしろラッキーだと思って、今までと同じように反発するんじゃなくて、もっと面白い考えに持っていけるかやってみる。

物事に意味をつけてるのは自分なんですよ。だから、その意味を変えてみてください。

たとえば、電車に遅れたことによって、最近会えてなかった人に会えた、学べたことがあった、とか。宇宙って不思議だけど、自分にとって必要なことしか起きてないんですよね。だから、その必要なことをどう捉えるかで変わってくるんです。

あなたの毎日の生活のなかには、そんな小さなことがいっぱいあるはずなので、それを見逃さずに掴んで、気付いてみてください。

そこから、「本当のあなた」のストーリーが紡がれていきます。

〈文=ゆぴ(17)(@milkprincess17)写真=井手桂司(@kei4ide)〉

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