篠田真貴子さんは、MBA取得後、マッキンゼーなど外資系でキャリアを積み、ほぼ日ではCFOを10年間務めるなど、名だたる企業でのキャリアを歩まれてきました。

一見、華やかなキャリアに見える篠田さんも、20代、30代は試行錯誤や失敗をたくさん経験したと語ります。篠田さんが20代、30代のキャリアで学んできたこととは…?


<文=とにー>

【篠田真貴子(しのだ・まきこ)】慶應義塾大学経済学部卒、米ペンシルバニア大ウォートン校MBA、ジョンズ・ホプキンス大国際関係論修士。日本長期信用銀行、マッキンゼー、ノバルティス、ネスレを経て、2008年10月にほぼ日(旧・東京糸井重里事務所)に入社。同年 12 月から 2018 年 11 月まで同社取締役CFO。現在は充電中。「ALLIANCE アライアンス―――人と企業が信頼で結ばれる新しい雇用」監訳。 Twitter:@hoshina_shinoda

 

“これまでの篠田真貴子”を卒業する。

Business Insider Japan(以下、BI):

2018年11月にほぼ日を退任されましたが、なぜすぐに次の仕事に就かれなかったんでしょうか?

篠田さん:

すぐに次の仕事に就こうと思えば可能だったのかもしれませんが、せっかくの機会なので、それまでの自分から「卒業」してみようと思いました。次の仕事に行く前に、所属組織には関係ない自分の持ち味は何かを一度立ち止まって棚卸ししたかったんです。

現在51歳ですが、職業人生が55歳くらいで終わるのであれば、息つぎせずそのまま次の仕事をしていたと思います。

しかし、70代まで働くことを考えたら、一度一息ついて、次にまたフルスロットルで行くために時間が自分には必要でした。これまでと全く違うキャリアに進むこともあり得るので、学び直しをする時間にも充てられます。

BI:

そうだったんですね。篠田さんの20代・30代のキャリアについて伺いたいのですが、最初は新卒で日本長期信用銀行に入社されたのは、どのような理由からだったんでしょうか?

篠田さん:

たいした理由はなくて、内定を一番最初に頂いたからです。経済学部出身で、金融機関で働く先輩方が多く、パイプがたくさんありました。就活をしていた当時はメーカーに興味がありましたが、大学生の私の主観より、多くの学生を見てきた大人が内定を下さったのだから、日本長期信用銀行に行く選択肢の方が優れていると思ったんです。

しかし、働いてみて、女性としてのキャリアへの懸念と業務の不向きを感じるようになり、4年で辞めました。男女雇用機会均等法が施行されてまだ数年で、社会全体が手探りの状態のなか、自分も女としてどう生きるかを考え始めました。

事務作業が苦手だったり、金融のダイナミズムを他人事としか感じられなかったことも転職した要因です。ディーリング部門に所属していましたが、市場の動きを目の当たりにしても、自分ごとにはなりませんでした。

BI:

そのあと、なぜMBAを取得されたんでしょうか?

篠田さん:

周りの先輩方がMBAへ進学していたことから視野に入れていましたが、国際金融公社(IFC)で働いてみたいと思ったからです。ベルリンの壁崩壊後の旧共産圏での民営化支援案件のことをメディアで知り、その姿に憧れました。国際機関で働きたい思いから、ジョイントディグリーで国際関係論とMBAの修士を両方取ったんです。

BI:

篠田さんは比較的早くにご結婚されましたが、どのようなタイミングだったんでしょうか?

篠田さん:

MBA留学をする前に結婚しました。

当時は、あらゆる行動にいちいちジェンダーが付いてきたんです。車の運転は男、料理は女、とか。私みたいに好奇心旺盛で仕事も好きだと、それは完全に”男”の領域でした。バリバリ働く一方で女としての自己評価はだだ下がりになっていたときに偶然今の夫に出会い、あれよあれよという間に結婚しましたね。

BI:

ここまでのキャリアを聞いても、篠田さんの人生、意外と“行き当たりばったり”ですよね(笑)。

今の20代の方に取材すると、その瞬間瞬間のものを楽しむよりも、綿密に自分が立てたキャリアプランを優先する人が多いです。自分が立てた道から逸れることに対して、怖がっている印象を受けます。

篠田さん:

自分が描いていた道から逸れるのは、確かに怖いかもしれません。でも、自己実現の欲求は、仮に目標を達成しても満たされません。挫折も含め自分の「こうなりたい」という欲求を実現するまでの道のりに私は幸せを感じます。挫折も含めたプロセスにこそ、人生の楽しみがあると信じています。予定調和な人生よりも、楽しいですよ。

 

会社のものさしと自分のものさしの葛藤

BI:

MBA取得後はマッキンゼーに入社されましたよね。自分はできると思って入ったら、全くできなかったと伺いましたが、どのような仕事ぶりだったんでしょうか?

篠田さん:

マッキンゼーには、インターンを経て入社しました。インターン時の評価が高かったので、慢心していました。自然体の私でいればマッキンゼーで通用すると勘違いして、間違った自己評価を下していたんです。

私自身、組織の中で昇進したいという意欲が人より欠けています。職位が上がることよりも、マッキンゼーの現場の仕事にずっと取り組むことの方に興味がありました。

マッキンゼーに依頼する企業は、数年に1度の大きな改革をしようとしていることが多かったです。そんな企業の火事場に入るプロジェクト案件が非常に楽しかった。会社の指針とは裏腹に、自分は自分なりのやり方で火事場を楽しくこなしていたいと感じていました。

徐々に、社内の「スキルがつく=職位が上がる」ものさしと、自分の方法で楽しくやるものさしが乖離していきました。マッキンゼーのものさしで言うと、私は1、2年で成長が止まったんです。それでも、自分はイケてると勘違いして自分のやり方で仕事を続けていたんです。

そのため、親身になってくれた先輩の声にも耳を傾けませんでした。ようやく危機感を感じてアドバイスを聞いて心を入れ替え始めたとき、上司から退職勧告を受けたんです。

上司に呼び出された際、「最後に1つだけプロジェクトをやらせてください」とお願いしました。すると、「篠田さんのメンターに割けるリソースはないんだよね。」と言われ、自分が一人前ではないことを痛感しました。その日は家で泣きましたね。

BI:

その経験は悔しかったですよね。そんな経験をしたマッキンゼーでは、どのようなことを学ばれたんでしょうか?

篠田さん:

一番学んだのは、課題設定の大切さですね。マッキンゼーでは、若手も自分の責任範囲については課題設定を自分でするよう求められました。問いがちゃんと書けたら、仕事が半分終わったと言えるくらい、課題設定は大変だし重要だと理解するようになりました。私は、課題をクリアにするプロセスが好きでした。課題設定の方法は、「イシューはなんですか?」と問われ続ける日常のなかで、実践を積んで学んでいきました。

BI:

その後CFOを務められたほぼ日は、それまでのキャリアと異なる分野でしたが、初めから10年間いらっしゃるつもりだったんでしょうか?

篠田さん:

最初は10年間務めるとは全く思いませんでした。

どんな仕事や職場でも、1つの課題を設定するだけで半年ほどかかります。それをチームで解決していくと、2、3年かかるんですね。それを何回かくり返していくうちに、10年が経過していました。

ほぼ日での経験は、自分のキャリアでも初めてのことばかりで面白かったですね。それを10年間やるなかで、課題設定が好きだ、とより強く認識しました。

 

自分の”持ち味”を見つけるために、楽しいことを探れ。

BI:

篠田さんは抽象的なことを言語化する能力が得意な印象を受けます。自分の能力に気づかれたのは、いつ頃だったんでしょうか?

篠田さん:

40代でしょうか。自分が自然に考えたことや発言したことが、ちゃんと受け止めてもらえたり役に立っている手応えが出てきました。その手応え以前に、言葉にするのが楽しい気持ちもありました。銀行の事務作業は、本当に苦手でしたから。(笑)

BI:

意外と遅かったんですね。篠田さんにとって、年齢はどれくらいの意味を持っていらっしゃいますか?

篠田さん:

出産の年齢は考えましたが、それ以外はそこまで気にしていません。日本社会は、いろんな価値観が男女に紐づけられていると同時に、年齢にも紐づけられていますよね。

私は外資系のキャリアが長いですが、多くの外資系大企業のポジションは専門分野と職位のマトリクスのマッピングから成り立っています。年齢や入社後の経験年数は関係ありません。

例えばアメリカでは、採用時に年齢や性別を聞くことは禁止されています。提出書類に証明写真を貼付することもない。また、社内異動においても、例えば物流の専門分野で課長としてやってきた人が営業に移りたいとなったら、職位を2つぐらい落としてそのポジションに就き、営業で経験を積めるんです。

一方、日本の人事システムでは、一旦課長になると、課長のまま他の分野や部署に異動します。年齢と職位が紐づいており、年齢が下がらないのと同じように、職位が上がったら下がる概念がないんです。

私は、年齢を問われることのない外資系企業で経験を積めたので、よけいに年齢を気にしなくなったのかもしれません。

今後、終身雇用の仕組みが弱まり、年功と職位が必ずしもリンクしなくなると、年功とは別の切り口で社内のキャリア形成がなされるようになっていきます。それは専門性かもしれないし、得意な事業環境かもしれない。

「これが好きなんだ!」までではなくとも、周りの人より自分は苦にならない仕事が、自分の”持ち味”になっていきます。私にとっての課題設定が、まさにその”持ち味”でした。

BI:

無理して熱中するほど好きな何かを見つける必要はなく、”強いて言えば好き”くらいで人より得意なことに目を向けたらいいんですね。

篠田さんがキャリアを考える上で、好きな気持ち以外に大切にしていらっしゃることはありますか?

篠田さん:

自分に合う環境にいることですね。

以前、同じ私の評価が職場によって180度変わった経験がありました。マッキンゼーで私は「いい人だけど能力が足りない」と言われていましたが、転職したノバルティスの上司には「優秀だけど人当たりがきつすぎる」と言われたんですね。

たった6カ月間で私自身が大きく変わるはずもありません。同じ人間に対して、周囲の見方が全く違ったんです。そのとき、自分に合った環境にいることの重要性を感じました。

それから、自分のバリューは真逆の所で生かされることも大切にしています。例えば、自分がExcelで数値を導き出すことが好きだとします。もし若かったら、Excelがもっと得意な先輩のもとで学ぶのがいいですが、ある程度になったら自分の伸びしろを冷静に見て、チームの中でExcelで一番になれるような、真逆の環境に行くのが大人のキャリアだと思います。Excelが苦手な人たちのなかで仕事をした方が、自分のExcelスキルは重宝されますし、経験が増えるので実は成長機会も豊富なんですよね。

つまり、周りができないことを自分が拾うんです。それが自身の強みになっていきます。

 

視座の高い仕事ができるようになる工夫とは?

BI:

篠田さんから20代、30代の皆さんに向けて、今日からできることは何かありますか?

篠田さん:

20代・30代の方は、上から仕事を頼まれることが多いかもしれません。しかし、元々その仕事を頼んだ人は、自分に仕事を振った上司とは違う人の場合ことが大半です。その元々の発注人に連絡して、依頼した仕事の本当の意図を聞くんです。

例えば、あるデータ算出を頼まれたとしたら、そのデータが欲しい理由を直接尋ねます。すると、本当に相手の知りたいことの真意や、欲していることが理解でき、既に自分の手元にあるデータを渡すだけで済むこともあります。

元々の仕事の依頼者に連絡を取って確認していくと、会社の様々な部署が自分の仕事と繋がり、より視座の高い仕事ができるようになります。何より、仕事をやらされた感が少ないんです。

BI:

自分に仕事を頼んだ人とやり取りをすることは、ともすれば上司を飛び越えてしまうことになります。その場合に上司とうまくやるコツはありますか?

篠田さん:

上司とコミュニケーションを密にすることと、上司がどこで評価されるかを知っておくことですね。上司も部下が無駄な仕事を減らしてチームとして本質的な仕事ができたら評価されますし、自分も得ですよね。

振られた仕事について元の依頼者に意図を尋ねると、仕事への姿勢が変わってくるので、皆さんもぜひやってみてください。

〈文=とにー(鳥井美沙)(@tony1021_) 写真=矢野拓実(https://takumiyano.com)〉

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